京都散歩(20)-妙心寺-

妙心寺へ
臨済宗妙心寺派の大本山妙心寺は、花園法皇の発願により離宮を禅寺に改めたのが始まりであり、全国に約3500ヶ寺の末寺を持ち、また龍安寺をはじめとする46ヶ寺の塔頭を持つそうです。写真は妙心寺の南総門です。
禅寺とは、禅宗の寺院であり、日本の禅宗には臨済宗、曹洞宗、普化(ふけ)宗、黄檗(おうばく)宗などがあるようです。その中の臨済宗は、栄西(ようさい)禅師によって中国から日本に伝えられ、師から弟子への悟りの伝達を重んじる教えのようです。栄西は、京都の最初の禅寺として建仁寺を建立しましたね。写真は広大な境内の中の松が美しい参道です。
妙心寺の法堂には狩野探幽が描いた天井画である雲龍図があります。この雲龍図は、構想に3年、制作に5年の合計8年が費やされて完成したようです。探幽は、想像上の龍の口をワニ、ひげをナマズ、角を鹿の角、胴体を蛇、ウロコを鯉のウロコ、そして目を牛の目を参考に描いたそうです。
また、法堂には日本最古の梵鐘とされる黄鐘調(おうじきちょう)の鐘(国宝)がありました。この黄鐘調の鐘は、九州で制作されましたが、妙心寺に置かれた経緯は分かっていないようです。また、黄鐘調の鐘は、徒然草にも記されているようですね。写真は法堂です。
大方丈には探幽が描いた襖絵がありました。写真は大方丈から見る方丈庭園です。
大方丈の襖絵です。
また、普段は非公開の大庫裏と経蔵が公開されていました。
大庫裏は、台所であり、一度に数百人の食事を配膳することができるそうです。大きな妙心寺は、たくさんの僧侶が禅の修行を行っていたのですね。写真は大庫裏です。
塔頭の大雄(だいおう)院へ
大雄院は、尾張藩家老の石河(いしこ)氏の菩提寺として建立されたようです。客殿には、歌川国芳を弟子にしていた柴田是真の障壁画がありました。
客殿前の庭園です。
続いて、塔頭の養徳院へ
養徳院も、石河氏の菩提寺として建立されたようです。
さらに、塔頭の桂春院へ
庭園が美しい桂春院には、真如の庭、清浄の庭、思惟の庭などがありました。
火打窓から見る清浄の庭
方丈の南にある真如の庭
方丈の襖絵、狩野山雪筆の金碧松三日月
塔頭の退蔵院へ
写真は退蔵院の庫裏です。
方丈の西には、狩野永徳の祖父である狩野元信の作庭と伝わる枯山水庭園「元信の庭」がありました。常緑樹が使われているので冬でも楽しめますね。
池泉回遊式庭園の余香苑を歩くと、つくばいと水琴窟がありました。水琴窟の音色が心地よい。
退蔵院は、日本最古の水墨画である国宝、瓢鮎図(ひょうねんず)を所有しているそうです。瓢鮎図は、小さな瓢箪で大きなナマズをいかに捕らえるかという禅の問題であり、京都五山の高僧たちの回答が描かれているそうです。
退蔵院にはナマズと瓢箪の装飾がありました。
沢山の塔頭を散歩した妙心寺散歩を終わります。